バニラ

午前10時30分。僕らのいつもの集合時間に、代わりに君はLINEを寄越した。「ごめんなさい、寝坊したの。30分ほど遅れるから、待っていてほしい」謝罪・理由・対処、簡潔に纏まっている、君らしい、不快感のない文章だ。君らしくないと言えば、寝坊することくらいだろうか。「美味しいアイスを探しておくから、ゆっくりおいで」とだけ返信して、店内に入った。蝉の鳴き声が遠ざかり、人の声で充満する。僕も君も、たぶん人が苦手だ。

じっくり悩んで、ストロベリーを買うことを決めた頃に、君の声が聞こえた。午前11時、約束の時間から、ぴったり30分。

「おはよう、遅れてごめんね」

今日も君は、無駄がない。

「大丈夫だよ。眠れなかったの?」

そう訊くと、君は少し悩んで、答える。

「いいえ、よく眠れたわ。今日は遅刻しようと思ったの」

僕は、なるほど、と言った。君が寝坊なんて珍しいと思ったよ。

「昨日の晩、遅刻を巡って喧嘩するカップルの話をテレビで見たの。だから、試してみたくなった」

僕たちの話は、大抵昨日見たテレビから始まる。今日もそうらしい。

「あなたは、遅刻されると怒る?」

雑談をする時、君は決まって意味のない質問をする。頭のいい君なら、答えが分かっているはずだ。

「怒らないよ。そういう時間も、大切にしようと思うからね。だから、アイスを選んでいたよ」

「あなたはそういうと思った」

いつか怒っているあなたを見てみたいわ、と呟きながら、並んでいるアイスクリームに目を向ける。

「私はバニラ。おすすめは、チョコレート」

彼女はいつも無駄がなくて、合理的で、効率的だ。どちらも食べたいのだろう。ストロベリーなんてどうでもよかった。

「なら、僕はチョコレートにしよう」

「あなたは私に合わせすぎよ」

僕は笑う。君はいつも面白い。

「僕がそうしたいと思うだけだよ」

待つ時間が長いほど、楽しみが大きくなる。好きなアイスクリームより、好きな人と分け合うアイスクリームの方が美味しい。怒る理由がどこにあるだろう。

そういう夏

風鈴の音が蝉の声を中和する昼下がり、気怠そうに横たわっている柴犬を愛でながら、ソーダ味のアイスを咥えている。汗は流れるけど、なぜだか不快ではない。

「スイカ食べる?」

その声に振り返ると、綺麗に切り分けられたスイカを真っ白なお皿に乗せたキミがいた。「食べる」と答えると、額に滲んだ汗を拭いながら、ボクの隣に腰掛ける。夏仕様の座敷わらしと言われれば何も違和感がない風貌のキミは、この縁側とよく似合っていた。

溶けて崩れ始めたアイスを一気に頬張って、スイカを一切れ手に持つ。合わせるように、キミもスイカを持って、一口囓る。シャリ、という音が心地いい。

「もう帰るんでしょ?」

「うん」

別れは毎年のことだった。だから、特別悲しむことはない。キミも東京に来ればいいのに、とボクは言った。去年も言ったし、一昨年も言った。キミは決まって、行けるといいね、と答える。

「祭り、一緒に行かない?」とボクは言った。「意地悪ね」とキミは言った。「私はここから出られないのに」

シャリ、という音を最後に、気付けばキミはもういなかった。また来年、お盆休みに。