小説『桜』

その日も泣いていた。今日もまた人間が僕に群がっていた。花が咲くのは嬉しいからじゃなく、ただ自然の摂理としてそうなっているだけだ。別に珍しくもないのに、綺麗だねなんて、文化人の皮を被った安い感性の連中が僕を見上げる。自分たちが見ている桜がまさかこんなことを考えているなんて思いもしないだろう。

桜に生まれ変わってから100年が経つ。50年を過ぎたあたりから数えるのをやめてしまったから、確かな数字ではない。100周年記念くらい祝ってやればよかったと思う。人間だった頃は天国や地獄はどんな景色だと考えることもあったが、その答えは死んでみれば簡単なことで、そもそも世界は一つしかなくて、天国ルートか地獄ルートか、生きる道の違いがあるだけだった。今は間違いなく地獄にいた。4月になると飽きもせずヒトの群れがやってくる。そいつらの幸せは僕の不幸で成り立っているんだ。思えばヒトとして生きていた頃も漠然と人間が嫌いだった。同じ人間が血を流していても、取り囲んで写真を撮るような連中に辟易していた。交通事故なんて恰好のエサだ。妻が死んだ時も奴らはきっとそうだった。

桜として何百年生きてもそんな心が改められるわけがない。命の行く先を神様が決めているならそいつはあまり頭が良くない。生前の行いを反省したことは一度もないし、桜になってみて感動する光景を見たこともない。心は動かない。一度だけ、澄んだ眼差しで僕を見上げる少女がいたことを覚えている。その少女は妻の面影があった。もしかすると運命の出会いかもしれない。しかし彼女は二度と僕の前に現れなかった。きっともう、彼女は人間としての生涯を終えているだろう。そう悟った時の感情までも地獄のカリキュラムに含まれているとすれば、随分と酷い地獄が選ばれたと思う。次に生まれ変わったら僕は、全てを忘れて桜を美しいと思えるだろうか?

非常に雑な日記

地獄や極限みたいな言い過ぎた形容をしたくなる睡魔を堪えて家を出た。朝早いバイトのために午前6時に起床するのを休みの日にまで引き摺ってしまい、無駄に早起きしてしまったから。睡眠を適切な時間に取っていないという点では、意図しない早起きも生活習慣の乱れだと思う。

事務所が遠いのでバイト代を貰うだけのためにかなり時間をかけて往復したが、結局大した額を貰わずに帰ってきた。2万円くらいだろうなと思っていたバイト代は変わらず2万円くらいだった。消費するための2万円が高額であることに変わりはないが、働いて貰うぶんには少なく感じる。月の食費にすら足りない。昔と比べて随分と金銭感覚が変わったと感じるし、やっぱり一人暮らしはしておくべきだと思う。

普段は買わないが豚肉が半額だったので買うことにした。いつも食べている鶏肉と比べて倍以上の値段なので、こういう時しか豚肉は買えない。でも人間の勝手な都合で、自分の肉が同じ奴らの半額で売られたらちょっと嫌だなと思う。せめてお前は旨かったからな、半額以上の価値は大いにあったぞ、ってその豚に伝えたい。冥福を祈る。

本当に何でもない日記

ここ数日、会場設営や引越しなどのバイトを立て続けに入れています。今までの「飯抜けばそのぶん浮く」などと言っていた私なら考えられなかったことです。単に飯を抜いても足りなくなっただけですけれども。おかげさまで食事は鶏肉・もやし・米のみという、アスリートもびっくりの食事制限をしています。日中はほぼ筋トレとも言えるバイトを7〜8時間しているし、春休みが終わる頃には本当に筋肉がついてるかもしれない。

私は接客業に苦手意識を持っているので、自然と会場設営ばかりになるのですが、そういうバイトに入っていると大体"高卒の就職先"みたいなところで働きます。低学歴をバカにするような浅い価値観はあまりよろしくないと思っているけど、引越しのバイトで机を運び出したとき、ゴミやホコリでめちゃくちゃ汚かったのは嫌な気分になりました。大卒なら引越し前くらい掃除する、気がする。知らないけど。

あと、最低限の礼儀というものはやはり必要だと思います。立場的に、いくら社員>バイトでも、あくまで初対面の人間です。机を指差して「あれ」じゃなくて、「次この机お願いします」くらい言うべきじゃないですか?『は?敬語使えよ』みたいなことは思わないですが、シンプルに伝わりにくい表現で仕事を任せるのはどうかなと思います。そういうところで、丁寧で腰が低い人間でありたいですね。

対して先日のバイト先では、「難しいかけ算なんかやった日にゃ頭から煙吐くわ」と言っていたおじさんがいましたが、彼は気さくに話してくれたし、現場ではとても頼りになりました。彼は勉強もできないし、浮気する人間らしい(自分で言っていた)けど、「身体は他の女に行ってもな、気持ちまでは行っちゃダメだ、分かるか」「俺の女房はブッサイクだけどな、人には合う合わないがあるから、顔で選んじゃだめなんだ」という彼なりの主義がありました。浮気を良しとするわけではないけど、それで一つの家庭を成り立たせて、会話も上手い彼は、本能的に『上手くやっていく術』を持っていて、それは強さだなあと思う。

別に石原さとみが嫌いなわけじゃない/音楽に出せる金

 

 

窪田正孝は優れた役者だと思う。石原さとみは優れた役者だと思わない。でも、この場合の《優れた役者だと思わない》ことが、悪いことだとも思わない。
たとえばキムタクが主演のドラマの主人公はキムタクでしかないように、石原さとみ石原さとみがその役であった場合のパラレルワールドにいる。素人目線だが演技力は素晴らしいと思うし、ちゃんとそういうパラレルワールドを見ている気分になる。でも本当に優れた役者は、名前も性格も違う登場人物に完全に変わってしまうのではないか?窪田正孝はカッコいいけど、デスノートの主演はたしかに夜神月だった。美しさや演技力とは違う、別な評価基準があるべきだと思うけど、適切な日本語は特に浮かばない。

 

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Eve×Souのアルバム『蒼』の収録曲のうち、公式でMVが公開されているものを聴いている。こちらは正規とはいえ、無料なら聴いてやるみたいな姿勢は漫画村の利用者も同じような気がするので、自分でもあまり良くないなと思う。でもやっぱり無料なんだ。(個人的に)このアルバムの目玉だと思う『明星ギャラクティカ』『ナンセンス文学』『メーベル』『命ばっかり』あたりが動画として公開されている。正直なところ、このアルバムが利益になるのか?と思う。だって無料で聴けるんだぜ?余程のファンでないと、13曲中5曲の(しかもアルバム限定なので自然とマイナー扱いされてしまう)新譜のために2000円は出せない。でもオリコンウィークリーは7位らしい。意外にも世の中には、ちゃんとお金を落としていく良心的なファンが多いようだ。ファンを自称するのは烏滸がましいけど、私もそれなりにSou君の歌を聴いている者として、ちゃんとお金を出そうと思っている。でもやっぱり限定だけ買うと思う。でもクリエイターのために余分に金を出せるような人間になりたいとも思っている。今のところ思っているだけなんだけど。

小説『自己嫌悪』

私は恋をしていた。手を伸ばしても届かないところにいる1人の女性に、私はその手に有り余る感情を抱えて、倒れた。視界の遠くには滲んだ星が見えた。その日だったか、あるいはそれ以降だったか、明確には把握していないが、私は愛の形が視覚的に見えるようになった。初めの頃は楽しかった。街に出ると歪んだ愛も、燻んだ愛も、刃のような形状の愛もあった。あらゆる形の、あらゆる色の愛を見た。けれど澄んだ美しい愛はどこにもなかった。そして自分が持つ愛は、どうしても偽物の愛だった。この能力には大したメリットがなかったから、誰にも言わずにいた。というか、自分の愛が偽物だなんていうことを知られたくなかったのだ。
それから暫くして、私は恋人に会いに行った。滅多に訪れない都会へと足を運んだ。その日も世界は薄汚れた愛で溢れていた。そこに誰よりも美しく鮮やかな愛があったから、彼女を見つけるのは簡単だった。「君の愛は、とてもきれいだね」私は言った。愛する人の愛を認めることが、美しい愛だと思ったから。考える私の愛はいつ見ても偽物だ。

 

突然のことだった。忘れもしない3月7日、人が溢れる渋谷の夕方。私の目には人の愛が見えるようになった。人々の愛はそれぞれで、独特な色や形をしていた。しかしどうしてか真実の愛がそこにないことだけは分かった。私の愛は薄汚れてよく分からない色をしていた。ある日、駅の構内で友人と待ち合わせた時、彼はたったひとり真実の愛を持っていたから、一目で見つけることができた。簡単な挨拶をした後で、友人が紡いだ言葉に私は驚いた。「君の愛は、とても──」理由は分からなかったけれど、途端に涙が出た。私の愛は、弾けて鮮やかな火花になって、涙を拭った後にはもう見えなくなっていた。

『雑踏』って何?

 

雑踏《名・ス自》多人数でこみあっていること。人ごみ。

 

調べてみて、ああなるほど、と思った。何となく好きな響きだったのに、今の今まで正しい意味を把握してませんでした。小説を読んでいると割とよく出てくる単語だと思いますが、『灰色のビル、削れた横断歩道、汚れた歩道のタイル、非常階段を鳴らす靴の音、孤独』みたいな空気を想像していました。あながち間違ってはいなかった気がしますね。

雑踏の中に消えた。と言うと、どこか寂しい背中を想像します。人がこみあっているからこそ、対照的に孤独を感じる、といったところでしょうか。人々がアスファルトを踏み鳴らす音を『雑』と括っているのも、無味乾燥なイメージを強めています。人がたくさんいても、誰とも何の関係もなく、その音は雑音でしかない。私です。なんだかなぁ。私じゃん。

 

やっぱりね、ひとりぼっちで寂しいんですよ。だから『雑踏』みたいな冷たい言葉に惹かれる。そう言うと、私は雑踏の中に消えていきました。さようなら。

ポエム:必要なもの

恋人がいないクリスマスは特別な日でも何でもない。チューハイの空き缶が散乱している一人暮らしの部屋で、ただ1日を過ごすだけだ。けれど街は否が応でも特別になって、いつもより笑顔が増える。それが長く続かないと分かっていても、どうしたって人々は割り増しで幸せそうにしている。

じゃあなんだ、俺もどこかへ出かけてみようかなんて、繁華街は人で溢れているから、山奥へ行って星でも見ようかって、ちょっと特別な日を過ごそうと考える。

同時に、そうやって孤独を満喫したところで、家で寝て過ごすのと変わらない現実がある。クリスマスに1人で山へ向かうような面白人間は、この世界の誰も知られない。多分それを孤独というんだろうけど。

本当は一緒に過ごしたかった誰かを想って、魅力を持って生まれなかった自分を呪って、虚無感と閉塞感で吐きそうになる。『寒いね』って呟いて、冬の冷気だけが『そうだよ』って答える。心を吹き抜ける風と、宙を舞う風の温度が同じで、おまえも孤独なんだなって、地球に話しかけるようなクリスマスを、まあいいやって笑える強さ