小説『自己嫌悪』

私は恋をしていた。手を伸ばしても届かないところにいる1人の女性に、私はその手に有り余る感情を抱えて、倒れた。視界の遠くには滲んだ星が見えた。その日だったか、あるいはそれ以降だったか、明確には把握していないが、私は愛の形が視覚的に見えるようになった。初めの頃は楽しかった。街に出ると歪んだ愛も、燻んだ愛も、刃のような形状の愛もあった。あらゆる形の、あらゆる色の愛を見た。けれど澄んだ美しい愛はどこにもなかった。そして自分が持つ愛は、どうしても偽物の愛だった。この能力には大したメリットがなかったから、誰にも言わずにいた。というか、自分の愛が偽物だなんていうことを知られたくなかったのだ。
それから暫くして、私は恋人に会いに行った。滅多に訪れない都会へと足を運んだ。その日も世界は薄汚れた愛で溢れていた。そこに誰よりも美しく鮮やかな愛があったから、彼女を見つけるのは簡単だった。「君の愛は、とてもきれいだね」私は言った。愛する人の愛を認めることが、美しい愛だと思ったから。考える私の愛はいつ見ても偽物だ。

 

突然のことだった。忘れもしない3月7日、人が溢れる渋谷の夕方。私の目には人の愛が見えるようになった。人々の愛はそれぞれで、独特な色や形をしていた。しかしどうしてか真実の愛がそこにないことだけは分かった。私の愛は薄汚れてよく分からない色をしていた。ある日、駅の構内で友人と待ち合わせた時、彼はたったひとり真実の愛を持っていたから、一目で見つけることができた。簡単な挨拶をした後で、友人が紡いだ言葉に私は驚いた。「君の愛は、とても──」理由は分からなかったけれど、途端に涙が出た。私の愛は、弾けて鮮やかな火花になって、涙を拭った後にはもう見えなくなっていた。